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網野 善彦

無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和

無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和

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定価 : ¥ 1,223
販売元 : 平凡社
発売日 : 1996-06

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¥ 1,223 無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和
網野史学の出発点

 本格的な歴史の学術書。「日本の歴史をよみなおす」や「蒙古襲来」といった啓蒙書とは一線を画すものがある。つまり、記述の根拠となる資料を示して、その著者による読解を通じて結論を示す、というスタイルなので、分かりやすさや通俗的面白さを期待してはいけない。
 内容は、平泉澄が先鞭をつけたが、途中で研究を放棄してしまった、日本における「アジール」の研究である。著者は、日本においては寺や市場、自治組織などに法の及ばない「アジール」が存在したことを各種資料を駆使して示そうとする。
 この指摘は、暗黒の時代のように考えられている中世において、むしろ江戸期よりも庶民には権力に対する抵抗の自由があったことを示唆していて興味深い。しかし、それは一方で俗界からの「無縁」を条件とする厳しいものでもあった。
 よく知られているように、この「為政者に抗して自由を求める『道々の者』をテーマに小説を描いたのが隆慶一郎である。その点、痛快な歴史小説を生み出す原動力になったことは評価できる。また、この書物でははっきりとは打ち出されていないが、「無縁」を天皇とダイレクトに結びつける視点を後年の網野氏は打ち出し、それがかたちを変えた天皇崇拝ではないか、と一部からは批判された。
 いずれにせよ、本書は大変独創的な網野史学の原点であることは間違いない。必読の歴史書である。

民俗の歴史学は本書で始まった

惜しくも、物故された歴史学者、網野善彦氏の網野歴史学とでもいうべき史学の代表作である。日本でも欧州でも中世は宗教の支配する暗黒の時代と認識されていたが、本書によって、網野氏は日本の中世の封建時代の中の農民や武士以外の人々の生活を克明に調べ上げ、駆け込み寺に代表されるような、当時の体制から、切り離された自由の空間があった事を指摘する。
本書によって日本の歴史学も、支配階級・制度の闘争と変遷から庶民の暮らしが研究の対象として切り拓かれていった。柳田国男が民俗学を作ったように、網野氏は民俗歴史学を作り上げたのだと思う。

日本中世の自由とは何か

網野善彦といえば、まず「無縁・公界・楽」が挙げられるという網野氏の代表作。
網野史学を理解するなら、まずこの本を読まねばならない。
網野氏の専門は中世史であるが、この本は中世のみに留まらず、未開社会から
近世までを倒叙的に叙述してある。また、その問題関心は網野氏自身「風呂敷」
と称したように幅広い。その起点は「自由」である。
西洋近代の言う「自由」とは異なる意味において、日本中世に「自由」が成立
したとする。しかしながら、そこには「平等」ではない「階級」が存在したと
している。近年の矮小な「差別論」など、たちまち崩壊するであろう。
また、「二十二章 未開社会のアジール」では、アジール(避暑地、または避難所
と訳される)論を未開社会に広げて適用することを提起する。もともと、アジール
論は平泉澄が主張したものである。「皇国史観」でもって否定されこそすれ、
正当に論証されてこなかった平泉を正当に批判したことに、この章の意義がある。

「自由」をつきつめるのなら

日本特殊性論の流行はなお衰えを見せていない。とは言っても、それは結局、特にアメリカを強く意識した、文化の差異化であるが。
そんな中で例えば「自由」という理念はヨーロッパ産のもので、我々には彼らとちがう文化、いわば、日本式の自由があるという。たしかに「自由」はもともと仏教用語であり現在とは全くニュアンスが違ったものであって、それをfreedomの訳語として(たしか福沢諭吉が)採用したのである。
しかしそこで明らかにされないのは、日本にもともとあった「自由」とはなんなのかということ。日本特殊性論の論者たちは、つきつめていえば、このことを明らかにしようともしていないのではないか。なされるのは「日本は○○とは違う」といった、否定論の反復のみである。
前置きが長くなったが、その問いに答えているのが本書かもしれない。たしかに網野は楽や公界をユートピアとして提示してはいる。しかし彼の描き出す中世社会の「自由」には、現代の我々が簡単にそのノスタルジーを投影することはできない。なぜなら、(一つだけネタバレしてしまうが)その自由は、「無主」という生き方でしか達成できないものだからだ。
もう一言。説得力ある歴史感をたてるには、実証だけでもなく、思想だけでもなく、その両方が必要なのだと、この本に教えられた。

中世史のコペルニクス的転換

 ここで述べられているのは、中世史のコペルニクス的な転換。ネガティブなイメージのある「無縁」という言葉は、徴税される義務などからの縁を切る、という意味のポジティブな意味合いを持ち、「駆け込み寺」のように、公権力の及ばない場所に逃げ込めば、縁を切ることができる、という救いへの希望であり、西欧などでもあったアジ―ルにほかならない、と。無縁坂なんていう場所の名前は今でも残っているが、坂とか河原とか、境界のような場所は日常空間ではなく、古代からの残されたきたような意識を働かせれば、それは神の宿る場所でもある、と。
 そして、海や山などは昔から入会権を認められていたけども、そうした無縁という原理が生きる場所が公界(くがい)である、と。互いに独立した人格を持つ自由人として、パブリックな場所で生きていった人々はいたし、能役者や桂女などの生き方はまさにそれだし、ある狂言には登場人物が殴りかかられそうになると「公界者に手をだすとはなんと無体な!」と非難する場面もあり、後の河原者のようなネガティブなイメージではない、と。そして往生楽土、楽市楽座という言葉に残る「楽」って言う概念はユートピアそのものだと筆を進めていく。
 その中で、改めて考えさせられたのが「勧進」という概念。これは橋をつくるとか、港の浚渫工事をやるための資金を集めるためのシステム。「勧進帳」で弁慶が白紙の巻紙を読みながら、勧進のために諸国を回っている山伏なんだ、と富樫にシラを切る場面があるが、そうしたシステムが中世にはあったし、出来たインフラは公界であり、それを維持するために関所料金などを徴収していたのは無縁の人々だったという展開は素晴らしかった。

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